必死に取り組んでも?

2019年05月14日
取り組み方が違うと本人は一生懸命にしていることも
結果は出てきません。
気随てないだけであり必死で取り組みます。
やはり、結果は全てです。
諦めも肝心ですが、戦う道具が間違っていれば戦い方も違ってきます。
やみくもに戦っても部下や周りに迷惑をかけるだけです。
指揮官として間違いに気づけば修正すればよいのですが
取り返しのつかない事もあります。
慎重すぎてもダメな事もあります。
経験や環境、過去のデータ、判例に基づいて行動をするのです。
しかし、僕はその中に嗅覚という事に重きを置いて判断します。
ある人は「適当」というかもしれませんが、決してそうではないとも
思いその時に出くわした出来事によって、又情報によって変わると
考えています。

時に感じては花にも涙を注ぎ、別れを惜しみては蝶にも心を驚かす。
僕の大好きな中国の詩の一小節です。

悔しいと思う事もありますが、結果が出ないという事は
手段を間違っているという事なんです。

言いたいことは山ほどありますが、結果で物をいう人間になりたいと
思っています。