勝負

2021年01月19日
人の生き方に優劣はなく自分がそこにいて楽しい時間を過ごしているのか?
成長を感じその事で幸せとやりがいを感じているのか?
気づいた時に人に優しくなれて、自分のしたことで周りの人を笑顔に
しているのか?などが年齢と共にその人生を振り返り喜びを感じる事が出来る
幸せな時間ではないでしょうか?
このような事を感じ、どう生きるべきなのか?を感じるまで58年かかってきた。
毎日が楽しいわけでもなく、毎日仕事で疲れ果て人間関係で悩み、一緒に働いている
仲間に対して劣等感を感じ、負けるものかという思いの中で生きてきたように思います。
スポーツや競技には必ず勝敗があるように思いますが人生の勝敗はないのですね。
幸せだったのか?・・・
後悔はないのか?・・・
後悔がないわけはないでしょう。
いつもあれこれと悩み、反省を繰り返し、又同じことを繰り返しています。
勝敗を競うのではなく、そこに到達する前のプロセスを楽しみその行為をジャッジする。
負けるという事は決して恥ではなく、負けたことによって何を得るのか?
得たことをどのような形で自分の生き方に行かしていくのか?
ここに全ての答えがあり、過ごした時間を有意義にしていくのかという答えがあるように
思っています。
最近の子供たちの運動会で点数をつけない学校、「運動会は勝負を競う物ではない」
という理屈。
生徒の心身ともに鍛える場であると聞いたことがあります。
本当にそうなのかな?
どちらにしても、テストの点数でクラス順位、学年順位等優劣をつける。
就職して出世という企業の優劣もあります。
僕は生きるという事は最終的にいつも順位をつけてそこに満足をしている人たちが
多いのではないかと・・・
勝つことにより大きく学び、負ける事により又大きく出来事を学ぶ。
生きている事とは今日を生きる事で、学びを得ている事になるのでしょう。
大事な事はその瞬間に何を感じ、どう生かすかを感じ取れないでいる事が
一種の敗北となっているように思ってしまう。
しかし、この瞬間だけで終わりではなく、次にも沢山の瞬間があるはずです。
その大切な瞬間にいつ気づくのか?その時が、そこからが大切な時間のスタート
だと僕は思っています。
今日も娘が笑顔で手を振って僕に話しかけ学校に登校してくれました。
家族という集団を支えてくれている家内に対して感謝とありがとうを今日も
ラインで送ります。